「ハダニ発生ピークをなくす」いちごづくりとは!?

病害虫・雑草コラム
ハダニ

国内でおよそ5,000haの栽培面積を有する「いちご」。各産地の生産現場では栽培期間を通じたハダニ防除の難しさが課題となっています。その対策として、JA全農では「いちごハダニゼロプロジェクト」の活動を2020年よりスタートしました。JA全農 耕種資材部 農薬課の中島哲男さんにお話を伺います。

「いちごハダニゼロプロジェクト」はどのような取り組みなのでしょうか。


いちごの生産現場では、ハダニ類の発生によるいちごへの被害や収量減はもちろんのこと、その防除が困難なことから、防除回数・コストの増加などの課題を抱えています。そこでJA全農では、天敵・農薬メーカー5社の協力のもとハダニ類を中心とした総合的な病害虫防除プログラムを構築して2020年5月より「いちごハダニゼロプロジェクト」として始動しました。その名の通り、育苗期間中にハダニ密度を「ゼロ」に抑え、定植後は天敵と化学農薬を組み合わせた防除により、栽培期間を通じてハダニの発生ピークを極めて低く抑えようという取り組みです。

いちごのハダニ防除が困難な理由について教えてください。


ハダニはいったん密度が高まってしまうと、減少させるのが困難な害虫です。
主な理由は二つあり、一つは「殺虫剤抵抗性の発達が早い」ということ。現在流通している殺ダニ剤の多くは、感受性低下や抵抗性が報告されており、効果的な薬剤が少ないのが現状です。

もう一つは「本圃では薬剤がかかりにくい」ということ。本圃での定植後、葉が繁茂するようになると葉裏などに生息するハダニに薬剤がかかりにくくなります。ほとんどの殺ダニ剤は浸透移行性や浸達性を有していないので、葉裏のハダニに有効成分が届きません。

いちごで問題となるナミハダニ


なぜハダニ防除が重要なのか、あらためて教えてください。
ハダニ類は葉を吸汁して加害しますが、加害部分はカスリ状の斑点が見られるようになります。この場合、葉裏が赤くなっているので、ハダニが生息しているのは一目瞭然です。

また、ハダニの密度が一定以上になると、いちごの葉はクモの巣に覆われます。こうなると、光合成能力が大きく損なわれ、生育障害を引き起こすことになります。特に、2月中旬以降にこの状態になると新芽も花房も発生しなくなり、大幅な収量減となります。

【ハダニによる被害葉】

ハダニによる被害葉

【赤くなった被害葉の葉裏】

赤くなった被害葉の葉裏

【クモの巣に覆われる被害葉】

クモの巣に覆われる被害葉

被害が出ると農業経営にどの程度影響しますか。


ハダニは一年を通じて発生するので、いつ発生ピークが来ても不思議ではありません。しかし、3月以降は特に密度が急増して被害が大きくなる傾向にあるので、注意が必要です。これまでの経験から、天敵を使わない化学農薬のみの防除体系の場合、その傾向が顕著です。ひどい場合には4月初旬に収穫を断念せざるを得ない圃場もあります。

その場合、どのぐらいの収入減につながるのか、具体例を挙げてみましょう。
いちご生産者の10aあたりの粗収入は、12月から翌年5月まで収穫する場合の平均で400万円程度と言われています。月間の粗収入は10aあたり平均60~70万円なので、4月初旬で収穫断念となると100万円以上の損失となるわけです。

化学農薬だけの防除体系では、なぜ被害が大きくなりがちなのでしょうか。


後ほど詳しく解説しますが、化学農薬での防除では、適切な散布水量の確保が重要な要因となります。その理由は、栽培後期の2、3月ごろになるといちごの葉が繁茂して、ハダニが生息する葉裏に薬剤を100%付着させることが不可能になるからです。JA全農が実施した試験では、栽培後期になると葉裏全体の50~60%程度しか薬剤が付着していないことが分かりました(表1)。

この理由から、ハダニ成虫への効果が高いと言われる気門封鎖型の薬剤と一般の殺ダニ剤を併用して散布しても、ハダニ密度が下がらずに、さらに散布という繰り返しになることが多いのです。こうした化学農薬の取りこぼしを補完するためにも、ハダニを捕食する天敵カブリダニの活用が必要になります。

【表1:葉裏薬剤付着程度の試験結果】

表1:葉裏薬剤付着程度の試験結果

いちごの現場ではどの程度、天敵の利用が進んでいますか。


いちご栽培では、天敵の導入率はそれほど高くなく、全体の半分にも達していないと推測しています。
その一方で、天敵さえ導入すれば、あとは何もしなくても大丈夫と考えている生産者が多いのも問題です。
化学農薬と天敵を上手に組み合わせて防除することで、はじめて有効な防除体系となるからです。

天敵導入が進んでいないのは、どうしてですか。


理由の一つは、天敵の防除効果発現タイミングの認識不足です。天敵放飼からハダニ抑制効果が出るまでには約2ヵ月かかるので、その間に心配になって薬剤を散布してしまうケースがあります。薬剤が天敵にも影響のある場合は、天敵が死に、残ったハダニのみが増殖するため結果的にハダニが抑えられないという悪循環になってしまいます。

天敵資材などを活用した総合防除(IPM=Integrated Pest Management)において、化学農薬には「リセット剤」と「レスキュー剤」という考え方があり、これを分けて考えないとなりません。害虫はもちろん、カブリダニなどの天敵まで死んでしまう合成ピレスロイドや有機リンといった系統は「リセット剤」。害虫は防除するが天敵には影響が少ないIGR*やジアミド系などが「レスキュー剤」です。

天敵を活用する総合防除では、「リセット剤」の使用は当然避けなければなりません。

【天敵ミヤコカブリダニ】

天敵ミヤコカブリダニ

*:Insect Growth Regulatorの頭文字を取ったもので、昆虫成長制御剤を意味する

天敵と化学農薬を組み合わせた、ハダニ防除の推奨プログラムについて、具体的に教えてください。


ハダニ防除は薬剤がかかりやすく、しかも散布労力が少なくて済む「育苗期間」に注力し、ハダニ密度を極めて低く抑えることが重要です。そして、本圃では定植後に天敵資材を導入し、化学農薬と組み合わせることで、栽培期間を通じてハダニピークをつくらない防除体系が可能になります。

当プロジェクトでは現地試験などを通じて「ハダニ類を主体とした病害虫防除推奨プログラム」を構築しましたので(表2)、ぜひ参考になさってください。

【表2:病害虫防除推奨プログラム】

表2:病害虫防除推奨プログラム

【ミヤコバンカー設置後~収穫終了まで】

ミヤコバンカー設置後~収穫終了まで

このプログラムで、天敵に「ミヤコバンカー」を推奨されている理由を教えてください。


このプログラムの核となる「ミヤコバンカーⓇ」は、圃場により多くのカブリダニを定着させることができる画期的な天敵資材です。天敵のパック製剤と餌ダニ、最適な増殖環境のための保水ポリマー、灌水、薬剤散布などで天敵パックが濡れることを防ぐバンカーシートから構成されており、長期間にわたり天敵のカブリダニが放出されます。100頭入りの「ミヤコバンカー」は、バンカー内で世代交代を繰り返し、設置3~4ヵ月後までの期間に約1600頭のミヤコカブリダニを放出します。

設置の際には、横にして寝かせてしまうと結露の影響で内部が腐敗してしまうので、必ず立てて設置するようにしてください。

*ミヤコバンカーⓇは石原産業(株)の登録商標

【ミヤコバンカーは必ず立てて設置】

ミヤコバンカーは必ず立てて設置

【ハダニ低密度でのミヤコバンカーの効果】

ハダニ低密度でのミヤコバンカーの効果

推奨プログラムで育苗期防除のトップバッターに「アグリメック」を必須防除としている理由は何ですか。


理由はいくつかあります。アグリメックが、ハダニに対して大きな感受性低下が問題となっていない数少ない薬剤であり、天敵のミヤコカブリダニへの影響日数が7日と短いためです。この推奨プログラムでは、定植後、10月から11月にかけて「ミヤコバンカー」を設置しますが、前年にハダニが多発した圃場の場合は、それに加えて育苗期の5月中旬にも「ミヤコバンカー」を設置します。

この「ミヤコバンカー」への影響を考慮し、かつ感受性低下の報告が少ない薬剤ということでアグリメックを5月上旬散布と位置づけました。実はこの推奨プログラム構築のきっかけとなったのがアグリメックだったのです。3年ぐらい前から全国のいちご産地を巡回している際に、多くのいちご生産者の方が育苗期の8月にアグリメックを散布して、ハダニ抑制に高い効果を実感されていました。

この推奨プログラムは育苗期防除が重要なので、アグリメックを上手に活かして体系防除が組めないかと考えたわけです。8月にアグリメックを散布して成功していた生産者の皆さんの経験則は活かすべきなので、8月の子株への散布と、5月の親株への散布にアグリメックを位置づけました。

育苗期における、いちごの病害虫防除の重要なポイントについて教えてください。


育苗期はハダニだけでなく「炭疽病防除」と「薬剤の散布水量の確保」がポイントです。「炭疽病」は発生しはじめたらなかなか止めることができないので、いかに定植前に健苗を維持するかが重要です。本プログラムでも炭疽病と灰色かび病を同時防除し、耐性菌にも確実な効果を示すセイビアーフロアブル20を採用しています。

また、よく耳にするのは、炭疽病被害で苗が足りなくなり、途中で購入苗を圃場に混植することで、購入苗に寄生していたハダニなどが全体に広がってしまうようなケース。こうした被害を避けるためには、購入苗と自家育苗の圃場を分けて管理し、病害虫が混入しないようにしましょう。

「薬剤の散布水量の確保」ですが、複数圃場で比較試験を実施した結果、育苗期の散布水量は10a分の苗にあたる子株6000株に対して最低でも60~70ℓ、できれば100ℓの散布、本圃では10aに対して250~300ℓの散布水量であれば、薬剤の効果を十分に発揮できる付着量となることがわかりました(表3)。薬剤の散布水量は、現場の生産者判断であるケースが多いので、これは、きちんと励行してほしいと思います。
散布圧は1.5Mpa程度に設定し、なるべく葉裏にも薬剤がまわるようにしましょう。

【炭疽病の被害葉と被害株】

炭疽病の被害葉と被害株

【表3:薬剤散布水量とハダニ密度の関係】

表3:薬剤散布水量とハダニ密度の関係

本圃での重要なポイントはいかがでしょうか。


本圃では、先ほど申し上げた「10aあたり250~300ℓの散布水量で散布」と、「ハウス内管理」、「アザミウマ類の防除」が重要です。
まず「ハウス内管理」ですが、葉の光合成を促進するには適当な湿度を保つことが必要なので、飽差計を設置するなどして飽差(空気中にあとどの程度水分が含ませられるかの数値)が3~6g/㎥になるように調整しましょう。

「アザミウマ類の防除」ですが、3月以降はハダニよりもアザミウマ類の防除が主体になるので、天敵資材アカメ(アカメガシワクダアザミウマ)や化学農薬を組み合わせて防除するようにしましょう。特にヒラズハナアザミウマなどによる「石果」という被害が問題で、吸汁被害によりいちごの果実が石のように硬くなってしまい、商品価値がゼロになってしまいます。

しかし、4月上旬まではハダニ防除も考慮しなければならないので、それまでは天敵カブリダニへの影響がない薬剤で防除しなければなりません。アザミウマ類に防除効果があり、かつカブリダニへの影響が少ない薬剤はIGR系統です。そのIGR系統の中でも幼虫への効果が高く、卵へのふ化抑制効果があるのがマッチ乳剤です。
成虫への効果は劣りますが、次世代密度を長期的に抑制させることができますので、推奨プログラム中では、12月に5日間隔で2回ポジショングしています。

冬期からのIGR剤の散布により、春期にむけてゆっくりと増殖してくるアザミウマ類の被害を抑えられる事例はいちご以外でも報告があります。

【ヒラズハナアザミウマ】

ヒラズハナアザミウマ

【ヒラズハナアザミウマの吸汁被害による石果】

ヒラズハナアザミウマの吸汁被害による石果

プロジェクトの今後の活動予定について教えてください。


いちご以外の果菜類や果樹の総合防除をテーマとした「野菜・果樹総合防除プロジェクト」を天敵・農薬メーカーと共同で2020年8月に発足しました。今春からきゅうり、メロン、ハウスみかん、ハウスマンゴーといった分野での総合防除実証試験を実施し、その後はスイカやピーマンにも拡大していく予定です。

JA全農 耕種資材部 農薬課 中島哲男さん

 

 

 

 

 

 

JA全農 耕種資材部 農薬課 中島哲男さん

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