「産地で聞いた!」イイ話

ミネラル豊富な土壌が育む糖度12度の豊かな甘み。JAおおいたの「白ねぎ」

2016.11掲載

昭和42年に国の指定産地になり、ねぎ類で西日本最大の産地となっている大分県。
なかでも豊後高田市は最大の産地としてその名を知られています。
その人気の秘密と成長の歩みについて、大分白ねぎ連絡協議会の井上智彦会長、ならびにJAおおいたの皆さんに伺いました。

恵まれた環境が生んだ西日本一のねぎの産地

豊後高田市は、江戸時代と昭和時代に海を埋め立てて造成された干拓地。
海のミネラルをたっぷりと含んだ水はけの良い砂地土壌と温暖な気候に恵まれ、古くから白ねぎの栽培が行われてきました。
その歴史について、大分白ねぎ連絡協議会の井上智彦会長が説明してくださいました。

「昭和の初めころまで、この地域はかんしょや麦の栽培が盛んでしたが、昭和30年中ごろから白ねぎの栽培が始まったといわれています。豊後高田は白ねぎの栽培には非常に適しており、当初から"味がいい"と市場からも評判でした」。

農作業の機械化により栽培面積が爆発的に拡大

砂地土壌は栽培面でも有利に働きました。
粘土質の土壌に比べて土上げが楽なため、他の地域に先駆けて普及。
その産地拡大に拍車をかけたのが機械化です。
昭和40年代に入り皮むき機が登場し、生産量が飛躍的に伸びたのだとか。

「それまでは手でむいていたので、夫婦2人で頑張って作業しても1日に15箱から20箱がいいところ。皮むき作業が追いつかないので、つくりたくてもつくれないという状況だったんです。皮むき機が出てきてからは、まさに爆発的に面積が拡大しました。秋冬ねぎの指定産地になったのもそのころですね」。

さらに、平成10年ごろには掘り取り機が登場。
生産者の労力はさらに低減され、1人当たりの経営面積もさらに広がりました。
現在、白ねぎの栽培面積は370ha、生産者数は130戸以上におよぶ大分県。
機械化の恩恵もあり、1人で白ねぎを5ha以上経営する生産者も珍しくなく、なかには30haもの圃場を切り盛りする経営者もいるとのことです。

これからも安全・安心かつ高品質な白ねぎを

消費者にとっては、今も昔も豊後高田市の白ねぎは"味がいい"ことが最大の魅力。
旬の厳冬期には12度というねぎとしては異例の糖度に達します。
販売には苦労しないものの、豊後高田市=白ねぎのPRには余念がありません。
その取り組みについて井上会長にお聞きしました。

「大分白ねぎ連絡協議会では毎年11月上旬に白ねぎの旬入り宣言をして、福岡、大阪、京都、広島、山口といった販路へアピールしているほか、試食会での食べ方の提案や白ねぎの無料配布なども定期的に実施しています。また、JAおおいたの直売所で積極的に販売し、豊後高田市が誇るブランド作物の地産地消を推進中です」。

アミスター20フロアブルはべと病に効果的

井上会長が目標に掲げる「高品質」「安定供給」を実現するには、適切な病害虫防除が欠かせません。

「厄介なのはべと病。最近は温暖化の影響で11月や2月といったこれまででは考えられない時期に出ることもあり、収量を3割も落としてしまった農家さんもいます。また、7月〜8月は白絹病にも注意が必要です」と話すのは、JAおおいた北部事業部経済部豊後高田グリーンセンターの木下誠さん。

同JAではその対策として、アミスター20フロアブルとユニフォーム粒剤を採用されています。
最後にJAおおいた北部事業部営農部白ねぎ班の鴛海博之さんが「アミスター20フロアブルは連用さえ避ければ、べと病に対して効果的です。また、ユニフォーム粒剤は白絹病への予防効果に優れた剤ですね」と、2剤の魅力についてお話しくださいました。

 

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