「産地で聞いた!」イイ話

全国に先駆けて、かぼちゃの加工品に着目。生産者の収入安定化に活路を見出す。

2017.11掲載


梶道明部長(後列右端)、前原徹也係長(後列左端)と、かぼちゃ部会の田宮英明部会長(前列中央)をはじめとする生産者の皆さん

βカロチンをはじめ豊富な栄養素を含み、アレルギー要素も少ないことから健康食材として注目されているかぼちゃ。
都道府県別の生産量は、北海道がダントツの第1位。
なかでも佐呂間町は道内有数の産地として知られています。
そんな佐呂間町を“かぼちゃの町”たらしめたのが、30年以上前から取り組んでいる加工品の製造販売。
その概要について、JAサロマ農産部の梶道明部長、同じく農産部農産課青果加工係の前原徹也係長にお話を伺いました。

佐呂間町でかぼちゃの栽培が盛んになった経緯について教えてください。

前原係長

かぼちゃは栽培しやすい作物ですので、決して肥沃とはいえないこの地域でも古くから栽培されていました。
とくにこの一帯は昼夜の寒暖差が20℃にも及ぶため、高品質のかぼちゃがとれるんです。

加工品の製造にはいつごろから取り組まれたのですか?

梶部長

その栽培のしやすさから、昭和50年代を機に他産地との競合が激化してきました。
どんなにいいかぼちゃをつくっても、1kgあたり30〜40円でしか売れない。
そこで農協と生産者で知恵を出し合った結果、「料理に加工しやすいかぼちゃのパウダーやフレークをつくれないか」というアイデアが浮上しました。
さっそく大手スープメーカーに相談を持ちかけたところ、製法や工場の設備を含む加工品づくりのノウハウのすべてを教えてくださったんです。
そして1984年、まだ販路すら決まっていない状態で加工工場を立ち上げました。
当時の関係者の胸中には、不安より夢のほうが大きかったのでしょう。

前例のない加工品を売り込むには、ご苦労も多かったのではないですか?

梶部長

町内の主婦の方々にお集まりいただいて使い方やレシピの説明会を開催したり、百貨店の催事に積極的に参加するなどして周知していきました。
やがて製品認知が高くなってくると、全国の商社やメーカーから問い合わせが舞い込むようになりました。
現在佐呂間のかぼちゃパウダーは、大手の菓子メーカーの大多数にご利用いただいているといっても過言ではありません。

今後のビジョンをお聞かせください。

梶部長

生産者の高齢化により、1984年当時は150haあった栽培面積が現在では約80haと半減しています。
今後ますます深刻になる人手不足を見据えて、生産者には圃場の管理だけを行っていただき、重労働の収穫作業はJAから外部へ委託するというやり方も検討しているところです。
また、工場のさらなるオートメーション化も視野に入れています。
お客様からのご愛顧に応えるためにも、担い手の確保も含め、現在の生産量(年間1200トン)はなんとしても維持していきたいですね。

 

関連製品

殺虫剤「アクタラ顆粒水溶剤
殺虫剤「リーズン顆粒水和剤

ページの先頭へ戻る